その後も新ご時世のバッグやリュックを公表し、93年に子供時代のミウッチャの呼び名をブランド名とするミュウミュウ、98年にはプラダスポーツといった派生ブランドも誕生。
ブルジョワのためのブランドとして成功したプラダも、1958年にマリオが亡くなると、ゴージャス嗜好のご時世の終焉と重なり、その後は低迷期を迎えます。
大学卒業後プラダでアクセサリーのデザインを担当していたミウッチャは、高級レザー製品で知られるプラダに工業用防水生地であるナイロン素材を使ったバッグを導入。
バリエーション豊富なカナパ、定番のナイロンバッグ、サファイアーノカーフ製品…。
プラダ(PRADA)は1913年、マリオ・プラダがミラノに創業したブランドです。
現在はそのポリシーのもと、メンズラインでも充実のコレクションを展開しています。
ミウッチャご時世のプラダのコンセプトは「日常を贅沢に飾る」。
ユースド品もすぐに在庫不足となってしまうほど、プラダは高い大注目を誇示します。
イタリア職人のマリオはヨーロッパのあちこちを旅行し、行く先々で上質な革や珍しい革を集め、自分の洗練された技術で豪華な鞄を作っていました。
「ポコノ」という名の質素なバッグは、それまでの顧客層とは異なる市場を開拓して大ヒット、バッグに配されたブランド名を刻印した三角プレートはプラダのアイコンとなりました。
これが貴族や上流階級の世界で評判となり、一流の素材と職人技を持つ店として、1919年イタリア王室の御用達となります。
しかし1978年、マリオの孫娘のミウッチャ・プラダがオーナー兼デザイナーに就任すると、プラダは息を吹き返し、快進撃が始まります。